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名古屋地方裁判所 昭和60年(ワ)2469号 判決 1987年5月28日

原告 森川一郎

<ほか三名>

右原告ら訴訟代理人弁護士 杉山忠三

被告 田中實則

被告訴訟代理人弁護士 石田新一

主文

一1  被告は、原告らに対し、別紙目録(四)記載の建物を収去し、かつ同目録(三)記載の建物から退去して、同目録(二)の(2)記載の土地を明け渡せ。

2  被告は、昭和六〇年八月二四日から前項の土地明け渡しまで、一か月当たり、原告森川一郎に対しては一万円、同森川鈴子に対しては五五五六円、同森川民雄及び同森川金範に対してはそれぞれ二二二二円の割合による金員を各支払え。

3  原告らのその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、別紙目録(三)、(四)記載の建物を収去して、同目録(二)の(2)記載の土地を明け渡せ。

2  被告は、原告らに対し、昭和六〇年八月二四日から前項の土地明け渡しまで、一括して一か月につき二万円の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1(一)  森川金作(以下「金作」という。)は、別紙目録(一)記載の土地(以下「本件従前の土地」という。)を所有していた。

(二) 名古屋市都市計画事業復興土地区画整理事業施行者(以下「事業施行者」という。)は、昭和五五年一一月二三日土地区画整理法により本件従前の土地につき別紙目録(二)の(1)記載の土地(以下「本件換地」という。)を換地として指定した。

(三) 別紙目録(二)の(2)記載の土地(以下「本件土地」という。)は本件換地に含まれる。

2(一)  金作は、昭和三九年一月一九日死亡し、その法定の相続人は、その妻の森川志か、その子の原告森川一郎(以下「原告一郎」という。)及び本田たまであり、その法定の相続分は各三分の一である。

(二) 森川志かは、昭和三九年一二月五日死亡し、その法定の相続人は、その子の原告一郎及び同森川鈴子(以下「原告鈴子」という。)であり、その法定の相続分は各二分の一である。

(三) 本田たまは、昭和六〇年二月六日、本件換地の持分の各三分の一ずつを、原告鈴子、同森川民雄(以下「原告民雄」という。)、同森川金範(以下「原告金範」という。)に贈与した。

(四) これにより、本件土地に対し、原告一郎は一八分の九の、同鈴子は一八分の五の、同民法及び同金範は各一八分の二の各持分を有する。

3  被告は、本件土地上に別紙目録(三)、(四)記載の建物(以下「本件建物」という。)を建築し、或は、田中侍樓(以下「侍樓」という。)又は田中ひな(以下「ひな」という。)が建築した右建物を相続により取得して所有し、かつこれに居住して右土地を有している。

4  本件土地の賃料は一か月二万円が相当である。

5  よって、原告らは、被告に対し、所有権に基づき、本件建物を収去して本件土地を明け渡すこと及び本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和六〇年八月二四日から右明渡しに至るまで一括して一か月につき二万円の割合による損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の(一)、2の(一)ないし(四)の事実は認める。

2  同1の(二)、(三)は不知。

3  同3のうち本件土地上に本件建物が存在し、侍樓、ひな及び被告がそれぞれの一部ずつを建築したこと及び被告がこれに居住している事実は認めるが、その余は否認する。本件建物はすべて侍樓が金作から賃借した同人所有の家屋(以下「賃借建物」という。)に附合し、原告らの所有である。

4  同4は否認する。

三  抗弁

1(一)(1) 侍樓は、大正末期に、金作から賃借建物を賃借したものであり、当時から本件土地は右家屋の敷地の一部であった。

(2) 侍樓は、賃借建物に小屋を増築し、右部分についても金作から賃借し、その敷地使用の許諾を受けた。

(3) 被告の母は昭和二七、八年頃、右小屋を改造し、右小屋は賃借建物に附合し、右建物の一部となった。

(4) 侍樓は、昭和二七年死亡し、被告がこれを相続した。

(二) 借に、本件土地が賃借建物の敷地の一部でなかったとしても、

(1) 侍樓及び被告は、昭和初期に右土地を賃借の意思をもって占有を始めた。

(2) 原告は、(一)の事実を承知のうえ、名古屋市から本件係争地を買受け、また、賃料をなんらの留保なく収受し、もって被告が本件土地を賃借建物の敷地として使用することを黙示的に承諾した。

2 仮に、1の事実が認められないとしても、

(一) 侍樓は、昭和初期に本件土地の占有を開始し、それから二〇年後にもこれを占有していた。

(二) 侍樓は、昭和二七年死亡し、被告がこれを相続した。

(三) 被告は、昭和六一年六月一三日の本件口頭弁論期日において本件土地の賃借権の取得時効を援用した。

3 原告らは、被告が本件土地を占有使用していることを知悉しながら、長期間にわたり何らの異議を述べなかったにもかかわらず、現在にいたってその必要もないのに、突然に明け渡しを求めたものであり、これは本件建物に居住している被告らの生活を破壊させることになり、本件土地に対する所有権を濫用するものである。

4 1の(一)の(3)の通り、本件建物は賃借建物に附合した。

四  抗弁に対する認否

抗弁は全部否認する。

五  再抗弁

被告は、昭和五五年一月三一日、当時の本件土地管理者たる事業施行者に対し、仮換地変更処分後の本件建物の処置につき、被告が変更処分後に土地所有者となる者と協議する旨の承諾書に提出して、時効の利益を放棄した。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁を否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求の原因について

1(一)  請求の原因1の(一)、2の(一)ないし(四)及び3のうち本件土地上に本件建物が存在し、被告がこれに居住している事実は当事者間に争いがない。

(二)  《証拠省略》を総合すれば、昭和二七、八年頃、被告とひなが共同して、以前に侍樓が賃借建物に隣接して建てた小屋を六畳、二畳各一間の居宅(別紙目録(三)記載の建物に当たるものと認められる。以下「本件(三)の建物部分」という。)に改造し、さらに被告が、昭和四三年頃これを六畳二間に改造した他、新たにその南側に六畳及び押入れ付きの居宅(同目録(四)記載の建物に当たるものと認められる。以下「本件(四)の建物部分」という。)を建築し、昭和五一年頃、本件(三)の建物部分に物置を増築したことが認められる。

(三)(1)  右認定のように、建物を建築したものは附合その他の効果の生じる事実が認められない限り、これに対する所有権を取得するものと解される。

(2) これに対して、他人の土地の上に無権原で建物が建築された場合においては、右建物は建築途中の段階で右土地に附合し、土地の一部として土地所有者の所有となり、その後建物として完成しても右権利関係に変動は生じないとする判例がある(東京高等裁判所昭和六一年一二月二四日判決。判例時報一二二四号一九頁以下等)が、民法の附合に関する規定は、社会通念、又は経済的効用の面から一個の物として扱われ、その分離が不可能又はそれが不適である場合にその各物の性状や結合の状態又は結合に至るまでの関与の状況に応じ、右物に関わりを持った者の間の権利関係を調整しようとするものであるから、右附合に関する規定の適用に当たっては、物自体の性状及びその物の形成の過程を総合して考慮すべきものであり、その物の形成過程の一時期だけを捉え、現在の物の性状や他の状況を無視すべきものではなく、さらに右の判例のように解せば、土地所有者にとって建物を収去してその費用を請求するか、償金を支払うかの選択の余地を残すことになるから望ましいとの説明も、土地所有者が土地の明け渡しとは別に建物の収去費用や償金の問題の処理を余儀なくさせられることが必ずしも望ましいものとは考えられず、結局右判例には、にわかに賛同できない。

(3) ところで、《証拠省略》によれば、本件(三)の建物部分は賃借建物に接し、屋根は別になっているが、壁を共通にしており、一体として使用されており、そのいずれかに著しい損傷を与えることなく分離することはできず、また右建物部分のみでは独立の建物としての経済上の効力を全うすることができないものであり、かつ賃借建物が本件(三)の建物部分を含めた建物全体の本体であると認められ、以上によれば、本件(三)の建物部分が賃借建物に従として附合したものと認められる。しかし、本件(四)の建物部分が賃借建物に附合したと認めるに足る証拠がない。

(四)  よって、本件(三)の建物部分の所有権は、附合により本件土地の所有権者である原告らに帰属したものといわなければならないから、原告の本訴請求のうち、右部分が被告の所有に属することを前提として同人に対しその収去を求める部分はその余の点を判断するまでもなく理由がない。

(五)  しかし、原告らは予備的に被告に対して、本件(三)の建物部分からの退去を求めているものと認められ、前記事実によれば、被告は、原告らに対して、本件(四)の建物分の収去及び本件(三)の建物部分からの退去の義務が生じたものと認められる。

2  《証拠省略》によれば請求の原因1の(二)が認められ、これを覆すに足る証拠はない。

3  《証拠省略》によれば請求の原因1の(三)の事実が認められ、これを覆すに足る証拠がない。

4(一)  本訴提起時の昭和六〇年一月当時、本件土地が属する名古屋市千種区の住宅地の公示価格の最低が三・三平方メートル当たり五二万八〇〇〇円であり、その後同市内の地価が上昇していることは当裁判所に顕著な事実であるところ、これにより推認される本件土地の価格に基づく一か月当たりの正常賃料額は別紙算定表の通り、二万円を下らないことが明らかである。

(二)  また、原告らが本件土地につき、原告一郎が一八分の九、同鈴子が一八分の五、同民雄及び同金範が各一八分の二の各持分を有していることは前記の通りである。

(三)  従って、被告の本件土地の占有により一か月当たり、原告一郎は一万円の、同鈴子は五五五六円の、同民雄及び同金範は各二二二二円の損害を受けていることになる。

(四)  本件訴状が昭和六〇年八月二三日、被告に送達されたことは、記録上明らかである。

二  抗弁について

1  本件土地は賃借物の敷地あるいは賃借地とすることにつき合意があったか。

(一)  《証拠省略》を総合すれば、金作が昭和六年頃に侍樓に賃借建物を賃貸したことが認められ、また、侍樓、ひな及び被告が本件建物を建築又は改築した状況は一の1の(二)に示した通りであり、原告らが昭和五五年一一月二三日換地処分を受けたことは一の2に示した通りである。

(三)  しかし、賃借建物の賃借の当初から本件建物の敷地部分をも賃借し、あるいは右増改築するにつき金作又は同人の委任を受けて家賃の集金をしていた片野の承諾を受けたとの被告の主張に一部沿う田中証言又は被告本人尋問の結果は、田中証人及び被告の年齢から見て賃貸借当初の状況が判るはずのないこと、《証拠省略》により、本件土地を含む地域につき、昭和二一年八月頃、都市計画法(大正八年法律第三六号以下「旧都市計画法」という。)による事業施行地の指定がされ(その後右指定は同年九月一一日施行の特別都市計画法による土地区画整理によるものとみなされる。)、同二四年四月二五日に仮使用地の指定がそれぞれなされ、同三〇年四月一日、同法による右換地予定地が土地区画整理法による仮換地となり、同四〇年三月二二日にそれぞれ仮換地の変更処分がなされたが、右のように仮使用地の指定がなされてから最後の仮換地の変更がされるまでは、本件土地が未指定地であり、金作や原告らに使用収益の権限がなかったこと、片野が集金していた期間が昭和三三年から同五〇年までであり、少なくとも、昭和二七、八年の改築に同人が交渉を受ける余地がないことが、《証拠省略》によれば、被告が事業施行者に対して本件建物の処置につき、本件土地を取得することになる原告らと協議する旨の念書を提出したことから原告らが右土地の換地処分を受けることにしたことがそれぞれ認められること等に照らし採用できず、他に賃借建物の賃貸借の当初から本件建物の敷地部分をも賃借し、あるいは前記増改築につき金作又は原告らが承諾するなど、金作又は原告らが侍樓や被告との間で本件土地の使用について明示又は黙示の合意をしたと認めるに足る証拠がないから、被告の右抗弁は理由がない。

2  賃借権の時効が成立したか

(一)  金作が昭和六年頃に侍樓に賃借建物を賃貸したこと、侍樓、ひな及び被告が本件建物を増改築し、その後被告が右建物に居住していることは前記1に示した通りである。

(二)  しかし、侍樓が昭和初期に本件土地の占有を開始したとの被告の主張に沿う《証拠省略》は、前記の通り同証人及び被告の年齢等に照らし採用できず、他にこれを認めるに足る証拠がなく、また、被告が、その後に右土地の占有を始めたことを予備的に主張していると解しても、金作又は原告らが、侍樓又は被告から右小屋の建築や改築について交渉を受けたり、承諾を与えたりしたことがないことは前記の通りであり、《証拠省略》によれば、賃借建物の賃料が右建物だけの面積により算定されてきたものであり、金作又は原告らが被告に対して本件土地の地代を請求したり、同人らからこれを受け取ったりしたことが一度もないことが認められ、また、本件土地を含む地域について、昭和二一年八月頃、旧都市計画法による事業施行地の指定がなされ、その後右事業が特別都市計画法及び土地の区画整理法により受け継がれたことは前記認定の通りであるが、侍樓又は被告が事業施行者に対し右各法による借地権の申告をしたことを認めるに足る証拠がなく、結局侍樓又は被告が右土地の占有を始めた際にこれを賃借する意思はなかったものと認められる。

(三)  従って、その余を判断するまでもなく、賃借権の時効取得の抗弁は理由がない。

3  権利の濫用となるか

(一)  金作が昭和六年頃に侍樓に賃借建物を賃貸したこと、侍樓やひな又は被告が本件建物を増改築したこと及びその後被告が右建物に居住していることは前記1に述べた通りである。

(二)  しかし、昭和二四年四月から昭和三三年三月まで右土地が従前の土地の仮換地でなかったこと及び被告が事業施行者に対して本件建物の処置につき、本件土地を取得することになる原告らと協議する旨の念書を提出したことから原告らが右土地の換地処分を受けることにしたことは前記認定の通りであって、仮に金作又は原告らが仮換地の指定を受ける前に本件土地上に本件建物が建築されたことを知ったとしても被告に対して抗議し得る立場にはなかったものであり、かつ原告らとしては本件建物の処置について被告が協力してくれるものと信じて本件土地を取得したものと認められ、また、《証拠省略》によれば、被告が原告らから賃借建物を賃借している他、名古屋市内に土地及び建物(ただし、長男と共有)を有し、本件建物を退去してもその生活を破壊されることがないことが認められ、右(一)の事実から原告らの本件土地の明け渡し請求が所有権を濫用するものとは認められず、他にこれを認めるに足る証拠がない。

三  結論

よって、原告らの本訴請求は、被告に対し、本件(四)の建物部分を収去し、本件(三)の建物部分から退去して、本件土地を明け渡し、かつ本件訴状が送達されたことが記録上明らかな日の翌日である昭和六〇年八月二四日から右明け渡しまで一か月当たり、原告一郎に対しては一万円、同鈴子に対しては五五五六円、同民雄及び同金範に対しては各二二二二円の割合による損害金を支払うことを求める限度で理由があるからこれを認容することとし、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条一項但書を各適用して主文のとおり判決する。なお、仮執行の宣言は相当でないから、右申立を却下する。

(裁判官 福井欣也)

<以下省略>

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